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ぅお~りぃ~。


ぅお~り~。

"WALL・E"をみてきましたヨノシノシ
かわいかったなぁ。

(以下感想デス。読んだから映画が楽しめなくなっちゃうってゆーコトはないようにしたつもりですが、無駄に長い上になんの生産性もないノデ、読まなくってもいぃです。。や、上の絵ぇとラストの絵ぇとの間にスペースがほしかったダケなんで・・・)

登場するキャラの大半はロボットなんですが、

ロボットとゆーのはやはり、プログラムされているコトしかやらないと思うんですね。
たとえ大人のヒトレベルのAIが完成したとしても、
それをプログラミングしたヒトにとっては、そのロボットの行動は想定の範囲内でしか動かないわけで、
例えばそのロボットがAとBのふたつの選択肢に遭遇した場合、
過去に経験して得た知識から、もっとも利益のある方を選択するのがAIであるはずで、
それならこのロボットの"過去の経験"をある程度知っていれば、
ここでロボットがAとBのどちらを選択するかは、予想できると思うんです。

これはヒトに対してもおそらく同じことで、
あるヒトの"過去の経験"をすべてしっているのであれば、
そのヒトがどのような理屈でAもしくはBの選択肢を選ぶのか、
さらには、AとBのどちらがそのヒトにとって得な選択であるのかまで、分かると思うんです。
でも、普段の生活で接するヒトの"過去の経験"を、全て知っているなんてコトは、(たとえ家族間でも)まずありえないので、
よって、俗にいうドラマチックな展開が生まれたりするんですね。

で、

このウォーリーでは、登場するロボットにヒトレベルのAIが搭載されてるってゆー設定じゃないと思うんですね。ウォーリーくんも含めて。
映画に出てくるロボットたちはみんな、プログラムされたコトを健気にこなしてるだけなんです。
それでも観客にとっては、彼らがものすごい大冒険を繰り広げてるように観えるワケで、

つまりね、
 
"世の中"って、それを受け止めてるヒトによって決まるんだなぁって。思いまして。
や、映画に出てくる"ヒト"がね、(映画のパンフレットに載ってるようなコトなので書いちゃいますガ)テクノロジーが発展しすぎて、能動的な行動がとれなくなっちゃってるんですね。
ことなるヒトたちが、まったく同じ"世の中"で生活してるってゆー。

この映画は、そーゆーコトはちょっとまずいんぢゃないのってゆーメッセージと、個人によって異なった"世の中"を体験できる場を、提供してるんじゃないかなって思いました。

ほら、昨今の映画って、みんなおんなじ感想になりがちじゃないですか。
あれがカッコよかったラストが感動的だったとかいって。


この"WALL・E"は、大きくいえば、何も起こってないんですね。ロボットは決まったことをやるのみなんで。
でもとっても楽しい。ステキな映画なんですネェ。さすがピクサーb


 
ものすごい笑顔x2

上の絵は、"エアロビインストラクターみたいな笑顔"をふりまくクセルクセス・・・ぢゃなくてwゲデヒトニスと、それをマネっこしてるウォーリーの図ですww
分かるヒトいますかねぇ


詳しい説明はまた今度(笑)
 
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